東京地方裁判所 判決
平成30年9月12日東京地方裁判所において、信託と遺留分の関係性の一部分が明らかになった判決がありました。
東京地方裁判所は、父が二男に対して行った信託契約の信託財産のうち、一部の不動産に関する信託行為は「遺留分制度を逸脱する意図で信託制度を利用するものであって、公序良俗に反して無効である。」 という判決としました。
この判決の契約当時は以下のような状況だったそうです。
(前提条件)
1、委託者である父は末期がんの闘病中であり、余命は数日と診断されていた。 2、相続人は、長男、二男、長女の3名
3、父は不動産16件ほどと、1億数千万の金融資産を所有していた。
4、死亡の半月前に、全財産の2/3を二男に、1/3を長女に死因贈与するという契約書を締結していた。
(信託契約書の内容)
1、本信託は、後継遺贈型の信託契約であった。
2、信託の目的は「祭祀を承継する二男において、その子孫を中心として管理、運用することにより、末永く〇〇家が繁栄していくことを望む」とされていた。
3、本信託契約は前記の死因贈与契約書が締結された直後に、委託者 父、受託者 二男とする信託契約書が締結された。
4、本信託契約の信託財産は、16筆の土地建物と金銭300万円。
5、信託の内容としては、不動産の管理を二男に託し、信託した金銭の中から維持管理に必要な費用を支払い、また受益者の身上監護のために使用することができるというもの。
6、当初受益者は父、父亡き後の受益者は、長男に1/6、長女に1/6、二男に4/6の割合で受益権を取得するというものであった。
7、受益権の内容としては信託不動産の売買代金、賃料などの信託不動産より発生する経済的利益を受けることができるというものであった。
実態・主旨・経緯など全体を勘案し判決
上記のとおり、生前に父は各種対策を行っていました。
しかし、父の死亡後、これを知った長男は、この信託契約が無効であるという主張をし、争いが起こりました。
判決では、信託不動産のうち、6筆の土地建物については、収益をあげていくことや売却をすることが現実的に不可能であり、この場合、前述した受益権の内容に記載する信託不動産から上がる経済的利益を受けられないと評価した上で、「父は契約当初から信託不動産から得られる経済的利益を分配することを想定していなかったものと認めるのが相当」と判断されました。
つまり、契約書には良いように書いてあるけど、実際に経済的利益も分配できないし、そもそもそれが目的で契約したわけではなく、遺留分を回避するためにこの信託契約を利用したよね。だったらそれは無効だよ。 という判断なわけです。
このほか、判決というのは、字ズラだけを確認していくのではなく、実態や主旨、経緯などあらゆる部分を全体的に勘案して決めていくものです。
あくまで私見にすぎませんが、本件では長男が取得する受益権割合が1/6と遺留分と同じ割合であることや、死因贈与契約をしていること、亡くなる半年前に対策を講じていたことなど、遺留分対策であることを匂わせるような材料が多かったように思います。
そもそも遺留分対策としてどうなのか?
本件では、父は長男に財産を承継したくなかったはずです。 であるにもかかわらず、1/6の受益権を割り当てています。なぜこのようにしたのか疑問しかありません。
そもそも、1/6としているのは信託財産の受益権のみです。
遺留分対象となる財産は、相続財産+特別受益(生前贈与など)から債務を控除した額となりますから、前記の信託財産だけでは足りないのは明白です。
したがって、信託契約には長男の名前を入れるべきではなかったと思います。
長男の名前が入っていなければ、信託契約自体は無効にならなかったかもしれません。
想定される遺留分については、信託財産の受益権ではなく、別途生命保険金等の他対策により請求された時点で支払えるように準備しておくべきだったと思います。
したがって、本件のような遺留分対策は残念ながら様々なことに対する配慮が足りなかったと言わざるを得ないと思います。
体力・時間も足りなかった可能性。
遅かれ早かれ揉める可能性。
とはいえ、亡くなる半年前から対策をしていたことを考えると、落ち着いて考える時間はあまりなかったのかもしれません。
父本人から強い希望があったのかもしれませんし、一概に専門家だけを非難す
るのも違う気がします。
それにそもそも、そこまでして長男に相続させたくなかったのですから、父、二男、長女と長男との間に闇があったのは間違いないでしょう。
実は、生前からすでに争われていたのかもしれません。
ただ裁判となったきっかけが、たまたま相続であっただけで、 遅かれ早かれ、必然的に起こることだったのかもしれません。
信託財産そのものではなく、
信託受益権が遺留分の対象となる。
前記のほか、信託契約に対して遺留分減殺請求を行なった場合に、その対象になるのは信託財産そのものなのか?あるいは受益権なのか?という部分について、本判決では「信託財産による財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべき」としました。
しかしながら、本判決は、このような争いの場合の判断になりますので、全ての争いでこの判決のとおりにはなりません。
ただ専門家としては、このようなこともあると言うことを事前にお客様へ発信すること信託組成時の判断材料としてもらいたいと思います。
本裁判は現在控訴されているため、次の高裁判決を待つことになります。
今後どのようになるのか注目していきたい部分です。
相続・保険・不動産・社会保障などの情報誌
「DayLife 2020年1月号」より
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